病気が住みつきたくなるような人
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長いあいだ、病んだ方々とお付き合いをしてきて、つくづく思うのは、重い病気や面倒な症状をかかえている方ほど、「病気が住みつきたくなるような下地」を自分から作ってしまっているということです。
もはや変えようもない過去の出来事にいつまでもこだわったり、まだ結果のはっきりしない先々のことについて思い悩み、心の沈む日々を送ったり……。
こういう態度で生きていれば、姿勢は歪み、体温は低下し、結果として病気が住みつきたくなるような下地が、どうしても出来上がっていってしまいます。「心に原因のある病気については、そういう言い方も出来るでしょうが、遺伝的原因による症状や事故による障害については、そういう説明は当てはまらないのではないですか」と、言われたことがありますが、そういう症状・障害であっても、生き方の違いで改善の度合いが変わってくることは、よくあります。「心の在り方」というか、「生きる態度」というか、……そういうものに、人の健康は大きく影響を受けると、私は実体験の上から、確信しています。
そして、ナカイヘルスパワーパンツの愛用者の多くが、明るい積極的な人生を歩み出されるのを、しばしば拝見して、「正しい姿勢は、肉体ばかりでなく心も生き方も変えていく」と確信できるようになりました。
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健康は定義できないが
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かつて「健康とは、いったい何だろう。どのように定義できるのだろう」と、考えたことがありました。
これについては、有名な「世界保健機構」(WHO)のつくった健康についての定義がありますが、このWHOの定義の内容をかみ砕いて言い直せば、「健康というのは、肉体ばかりではなく、精神も、社会生活も、その他の環境も、全て順調である状態」となってしまい、現実には有り得ない内容となっています。
そもそも健康という状態を、客観的に定義しようとするのは、ムリな話であって、「この状態は健康であり、あの状態は不健康である」などと、はっきり線を引けるような区別があると考えるのは、間違いだと言えましょう。
ただ、あれこれ健康について考えているうちに、脳の発達した人間については、心と肉体の二つに、いったん分けて考えると、健康の本質に、より深く迫れることに気がつきました。
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心には全てが収まるが
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まず、心について考えてみました。
何よりも心は過去にも未来にも、遠くにも近くにも、自在に移すことができます。たとえば28年前の恨みを今思い起こして、怒りに震えたり、10年後の子供の成長を今夢見て希望に燃え、苦労を苦労と感じぬまま乗り越えていくこともできます。このように、心は過去・現在・未来の善も悪もふくめた一切を、一瞬の働きの中に収めたり発現したりすることができます。
が、発現するにせよ、収めるにせよ、その場は、今のこの一瞬の肉体上です。
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肉体は刻一刻と変化している
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では、肉体はどうでしょうか。
肉体は、目に見える形をとっている以上、未来や過去に、自在に移すわけにはいきません。では、肉体は今ここに在るままなのか、と考えたくなりますが、そうでもなさそうです。
たとえば乳児や幼児の肉体であれば、絶えず成長して変化していますし、老人の肉体であれば、ゆっくりと、しかし絶えず、衰徴に向かっています。普通の年齢の人について言えば、髪の毛も爪も、時を刻むごとに成長し伸びています。こうしたことから解かりますように、肉体は刻一刻と変化していて、いついかなる場合も一定ということの有り得ないことを、特色としています。
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過去も現在も混ざって現れる
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さらにまた、いま、目にしている太陽光線は、8分前の過去に太陽を出発した光であり、今仰ぐ北斗七星のうち両端の遠いほうの星の光は、およそ130年前に、真ん中の5つはおよそ50年前に地球にむかったものです。
いってみれば、西郷隆盛や勝海舟が活躍した明治維新の頃および第二次世界大戦勃発の頃、ピカリと光って北斗七星を出発した光を、我々は130年後および50年後の現在において、同時に「今の北斗七星」の姿として、見ていることになります。心は、8分前、50年前、130年前の過去の光を今見て、今の現象として受け取っていますし、肉体も同じように受け止めています。
この場合は、過去も現在も混ざり合って、心や肉体に現われています。
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今、今、今…の一瞬をどのように生きるか
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つまり、人間は、一見すると、生まれてから死ぬまでの限られた時間の中だけで生きているように見えるのですが、本質に踏み込んで観察するならば人間は悠久にして久遠の時間の流れを、一瞬々々心身に発現しながら生きているものであることが分かります。
ただし、現在の一瞬には、過去の一切の結果が含まれており、未来の全ての原因が作り出されていることを、見逃すわけにはいきません。
今、今、今…の「今の一瞬は、過去の全ての積み重ねの結果の姿であり、未来の出発点・原因でもあります。
それ故に、今の、一瞬々々をどう生きるかが、大切なことになってきます。
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健康の要
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面倒な話をこれ以上続けるのはやめましょう。
とにかく、心と肉体をあわせもつ人間には、「過去を土台・前提として受け入れて、未来の希望へ向けて、現在を正しく生きていく」以外の道スジはありません。
このように承知して今を生きていくならば、人は豊かな知恵を泉のようにこんこんと湧き出させ、躍動して日々を送っていけるでしょう。健康の要は、実にここにあるのであって、私は、ナカイヘルスパワーパンツをその次元にまで踏み込んで考案しました。
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健康とは感動であり、芸術である
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人は未来の希望に向かって、日々時々の課題に全力をもって取り組んで没頭する時、お金のことも、社会のことも、食事の美味しい不味いなどのことも、まったく忘れてしまうものです。すなわち、我を忘れて自分の役割に没頭していく時、時間はアッという間に過ぎ去り、フッと我にかえって、その密度の高い時間を過ごせたことに、人は深い感動を覚えるものです。
この時、心も肉体も快調至極であり、この意味からするならば、真の健康とは感動であり、芸術でもある、と言えましょう。
ナカイヘルスパワーパンツは、悪い症状を消していくのは当然ですが、より本質においては、感動の人生を湧き出させるための基礎を、からだの中に築いていこうとするものです。
少なくとも私は、そのような願いを込めて、このナカイヘルスパワーパンツを世に送り出しました。
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